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ぜつぼうの濁点。

娘が先日、
教科書にこんなお話が載っていた
と、話をしてくれました。


ちょっと長いけど
とても考えさせられるので
最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。




ぜつぼうの濁点  原田 宗典




<< 物語の概要 >>



 昔々あるところに言葉の世界がありまして、
その真ん中に穏やかな「ひらがなの国」がありました。


 ある日、その国の道端に「゛」という濁点のみが
ポツネンと置き去りにされていたのです。

 実は自分はあの山の向こうの深い森に住む
「ぜつぼう」に長年仕えた濁点でした。

「せ」の字について忠実に職務を果たしてきたものの、
年柄年中、もうダメだ、もうダメだと頭を抱える主《あるじ》のことを
間近に見るにつけ、気の毒に思わない日は無かったのです。


 しかしながら、
これが主《あるじ》の宿命なのだと
自分に言いきかせること数百年。


長らく連れ添ううちに、
いつしか主《あるじ》がこうも不幸なのは
他でもない濁点のせいではあるまいか、

そう思うようになったのです。


自分みたいな「゛」がついていなければ
主《あるじ》は「せつぼう」という
悪くない言葉でいられたはずなのに。




主《あるじ》を絶望させていたのは
じつは自分の存在だったのだ。




 自分さえ居なければ、
自分さえ消えてしまえばと
思い悩んだ挙句の果てに、濁点は、
とうとう昨夜そのことを主《あるじ》の「ぜつぼう」に打ちあけて、

どうか自分をその辺の町の道端にでも捨ててしまって下さい
と涙ながらに頼み込んだのでした。




そんな濁点を拾ってやる者は一人も居らず、
どれ程かの時間が流れた後、



大きな「おせわ」の三文字が現れ、
濁点をヒョイと「せ」に乗せ走り出し、
丘の向こうの「し」の沼の中へと放り込みました。




 どろどろに濁った水の只中、



「ああ、何という深い深い孤独なのだろう。
しかし、この虚しさの中から主《あるじ》を救い出せたのだから、
自分はそれを喜びとせねばなるまい。これでいいのだ。これで良かったのだ。」



と濁点が自分に言い聞かせていたところ、
その呟きは不意にプクリと泡をなし



「きほう」



の三文字となって水中にフワフワ漂いはじめました。




「さあ早く自分にくっ付け!」



言われるままに濁点があわてて


「ほ」

の字にくっつくと、それは





「きぼう」



という言葉になって水面に浮かび上がるなり、
パチンと弾けて大気に溶けて、あまねくこの世を満たしました。


絶望の濁点はそんなふうにして
希望の濁点となったのでした。





・・・・



何だか確かに
考えさせられました。



この人のためにと、

皆のためにと
一生懸命考えてやっても


自分にとって



悲しい結果


となってしまうことが
あります。



私もありました。
濁点ほどの苦しみでは
ありませんが

一生懸命思っても思っても

全然心が届かないどころか
悪化していく現状みたいな。。



そこを避けても


何も
誰も

楽にもならず
もっと厳しい道が
待っていました。



歩いても
歩いても

真っ暗で
前も見えない。




真っ直ぐ歩けているのか
横道それているのかも
もう定かでないほど。



最後には
自分が誰なのかも
分からないほどになります。



でも、
思うんです。



去ったその時の心が


『悪』


で無ければ



前は見えなくとも


ちゃんと
行くべき道へ


何かに導かれて
いるような気もするのです。



あなたのせいじゃない。



それが運命の全て
なんかじゃない。




せつぼうと出逢い、生きたこと、


そしてその道を避けたこと、



これは全て
この世に

『きぼう』


を生み出す為の
持って生まれた使命だったのだと
気付くのです。




みーんな
みんな



何か使命を持っているからこそ
この世に生まれたと私は思っています。




私は、


もしかしたら



私の子ども達を

幸せにする為。



に生まれて来たのかもしれないし



もっと広く
私の出会った


あの方


そして大切な


あの方


あなた



を幸せに導けたら
もっと嬉しい。



先日お習字の
お教室の帰りに

ある子が
私に学校へ行きたくないと
打ち明けてくれました。



お友達との関係で
少しイジメのような
事があるようです。




よく私に話をしてくれたと思いました。



私は、
私がその子を
こんなに大切に思っていることが
沢山伝わって欲しいと
一生懸命思いました。



昔、私は
とーーーっても辛かった時


どんなに素晴らしいアドバイスより
大きく救われたのは(ゴメンナサイ



『辛いね』



と、私の気持ちと一緒になって
心を見てくれた言葉と瞳でした。


私をどう誘導するでもなく
ただ一緒に辛がって下さった
その心こそが救いでした。




私はその時に

辛い気持を理解しようと
努める心こそが辛い人への
救いとなるということを

お恥ずかしながら
初めて知ったんです。


これも
私の


『きぼう』



だったのかもしれませんね。





まだまだ未熟で
何も出来ない訳ですが
立派な

『共に辛がり屋』

さんにいつかなりたいと
思っています。




あー!!


こんな時間だ!



もう寝ます。



皆さん、
今風邪流行ってますよ。



私も熱出したし
ちっちゃい君の園でも流行ってるし

お教室も何名か
お休みが出ています。




御身体ご自愛下さいね。




だけど
頑張ることは
やめないで



自分が自分を
誇れる日まで


突っ走っていきましょか。



てな訳で
寝る事にしましょう。



また!




・・・・・・・・・・・・・・・・・



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